偏見報道に洗脳されない為に

国民は、戦後60年にも及ぶ自民党腐敗政権に蔑にされてきた今日、も~騙されてはいけません。自民党が政権に居座る限り腐敗政治は無くなるまい。貴方の一票で政治は変わります、皆して選挙に行こう。

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政治学博士渡邉良明教授の「小沢一郎論」19

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<渡邉さんの温かく鋭い「小沢一郎論」を読んでください――森田実] >
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[渡邉良明さん(政治学博士・熊本在住)は、政治家論・人物論の大家である。私がこのたび渡邉さんに「小沢一郎論を森田総合研究所のホームページに執筆してください」とお願いしたところ、渡邉さんは快く引き受けてくれた。渡邉さんの温かく鋭い「小沢一郎論」を読んでください――森田実]

【著者紹介】 1949年熊本市生まれ。学習院大学法学部政治学科卒。東海大学大学院政治学研究科博士課程単位取得。ハワイ州立大学客員研究員(1993~95年)。長い間、都立高校および東海大学政経学部にて教鞭をとる。父の死後、母の介護のために帰郷。現在、研究および著作活動に専念。最近著は『J.F.ケネディvs二つの操り人形-小泉純一郎と中曽根康弘』(2006年9月刊、発行=熊本出版文化会館、発売=創流出版)
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第19回(2007.2.2) 小沢一郎という“精神”

 1月29日(月)、NHKテレビで小沢一郎氏による「代表質問」を視聴した。40分間の演説を、私は、決して長いとは感じなかった。むしろ、もっと視聴したいと思った。それほどに、魅力と説得力に満ちた演説内容だった。
 なぜ、それほどまでに私が感動したかと言えば、それは、与党議員の激しい野次や怒号のなか、理路整然と語る小沢氏の演説には凛とした威厳があり、何より“言霊(ことだま)”が感じられたからだ。それに、彼自身の“肉声”や“ホンネ”が終始感受できたからである。安倍氏の「官僚の作文」演説と異なり、小沢氏の言葉そのものに“真実と迫力”が感じられた。
 「憲法改正」か「格差是正」か――安倍総理は「二者択一ではない」と逃げたけれども、この言葉こそ、「論戦を正面から受けて立つ覚悟だ」という彼の言葉がいかに空々しい虚言かということを明白にしている。  同日、柳沢伯夫厚労大臣の「女性は子どもを生む機械」発言に対する謝罪表明もあった。だがこれは、かつてヒトラーやナチス・ドイツが公言していた言葉である。弱者や女性に対する、酷薄な差別感なしには言えない言葉だ。政治家として、“驕り”はなかっただろうか? むしろ大臣や政治家以前に、一人の人間として問題とすべき発言である。
 しかし柳沢氏がもともと、厚労大臣として適材かどうかの問題もある。つまり、安倍氏の人物認識や「任命責任」の問題である。自民党総裁選挙の日、安倍氏の隣にいて、安倍氏の党内票が思ったほど伸びなかったのを知り、思わず“アチャー!”とばかりに顔をしかめたのが、当時の安倍派の選挙参謀だった柳沢氏である。厚労大臣人事も、佐田玄一郎氏の場合と同様、論功行賞の所産である。安倍総理の短慮と独断の責任は、非常にに大きいと思う。
ところで、民主党代表・小沢一郎氏は、政治家である前に一人の人間であり、同時に一人の父親であり、かつ一個の「人格」である。だが私は、彼はこの時代を超える、一つの“精神”とでも言える存在だと思う。「小沢一郎の精神」ではなく、「小沢一郎という“精神”」 という語句は、自ずと意味が異なる。私にとって、こう思える人は、そう多くはない。
 20年以上もの間、小沢氏に期待をかける母の真情とは、一体何なのだろう? それに関する疑問を、私は、次のように母にぶつけてみた。「お母さんは長い間、小沢さんの一体何を、そんなに期待している?」と。すると母は、次のように答えた。
 「それはやはり、本当の“指導力”や“政治力”だと思うね。それに、小沢先生は何より、人間としても政治家としても、“本物”だという気がするね。とりわけ、とても正直な方だと思うよ。
 私たち熊本の人間は、とても議論好きで、“肥後(熊本)の議論倒れ”とまで言われるけれど、生前の姉たちが元気な頃、みんなで会うと、よく政治のことを語り合ったよ。昔の熊本の女性は、とくに政治の話が好きでね。一人の姉なんか、話すたびに〝小沢さんは嫌いだ〟と言っていたけれど、何か外見的に小沢先生を見ていたみたいだね。
 でも私は昔から小沢先生のことが好きだったよ。ほんとに正直かつ誠実で、第一、“カリスマ性”があるもの。それに何より、小沢先生は、“真の愛国者”だと思うよ。日本国だけでなく、われわれ日本国民を真に愛していらっしゃると思う。それだけ、われわれ国民に期待し、われわれを見る目も厳正だと思うね。
 だけど、その分われわれ日本人も、先生のお気持ちに応えなければいけないのじゃないかしらね。私は今まで、小沢先生のおっしゃることを、一つ一つ納得できたよ。この方が、なぜ国民に理解されないんだろうと、昔からずっと疑問に思っていた。でも最近、少しずつでも小沢先生のことを理解なさる方々が増えてきて、私はとっても嬉しい。
 日本人は、どちらかというと、外見やイメージに弱いからね。だから、小泉さんや安倍さんなど、見掛けだけで、まったく内容のない人が総理になっちゃう。病院のリハビリ仲間でも、〝小泉さんは結局、冷酷な人だった〟という評判だよ。実際、私も、そう思う。
 でも、小沢先生の内面性が理解されると、ファンは、もっともっと増えると思うよ。いつかも言ったけれど、私は、一度、小沢先生に政権を担当してもらいたい。そして、先生の理想となさる政治をどんどんやっていただきたいね。それが、きっと私たち日本人のためになると思うよ。その点で、小沢先生は、今までの日本の政治家にないものを持っておられるという感じだね」と。
 「超然として天にまかせ、悠然として理知を楽しむ。厳然として自らを慎み、靄然(あいぜん――「おだやかに」の意)として人に接す。毅然として節を持し、泰然として難に処す」という言葉がある。人間の一つの理想的な生き方であり、身の処し方でもある。まさに現在の小沢氏は、このような生き方をし、身の処し方をしておられるのではないだろうか。  

 小沢一郎氏以外に、一つの“精神”とでも言える私の大好きな政治家が、実はジョン・F・ケネディ(1917~63)である。
 私事だが、1991年に私は、拙著『ゴルバチョフとケネディ――指導者の栄光と悲劇』(創流出版)を上梓した。同著で、両指導者の民主的パーソナリティや世界平和政策などを比較・論証した。
 出版後、多くの方々へ拙著をお送りしたが、ボストンのケネディ家へ贈るなどとは夢にも思っていなかった。ところが、ハワイ大学で客員研究員をしていた当時(1993~95年)、同大学で知り合った日本人研究者のA氏から、「エドワードさん(民主党・上院議員)に贈ってみたら」との忠告を受け、意を決して、上院議員に拙著をお贈りした。すると、三カ月ほど経ったある日、同議員の署名入りのお便りが届いた。その本文には、次のようにあった。
 《兄・ケネディ大統領を懐かしむ思いが、私どもと同様、あなたを初め彼を愛する方々の御心の中に今も生き続けていることを知って、当家の者全員が、どれほど慰められ勇気づけられているかということを、どうかご理解ください。
 兄ジョンは、私たちが彼の死を嘆き悲しむことを、決して望んではいないと思います。むしろ彼は、私たちが、彼の生きざまに目を注ぐことを望んでいると思うのです。それは、彼が祖国アメリカや世界に希望をもたらした、あの輝きに満ちた彼の生涯を思い出すことによって果たせます。もし私たちが、彼を思い出すことによって、また人々に献身することを通して“希望”を保ち続けることができますならば、それこそが彼を生かすことになり、ひいてはそれが、彼の死が決して無駄ではなかったことを立証することになるでしょう。あなたが、私どもと同じ考えを持ち、兄のメッセージを次代の若者たちに伝えるという重大な役割を果たしておられることに、心より感謝しています。》(1994年3月11日付)
 私信を公にすることに、正直、たじろぎもあったけれど、すでに13年も前のものゆえ、同議員も許してくださると思い、上述した。エドワード上院議員(74)は、現在も活躍中で、先日も、民主党議員の代表の一人としてブッシュ大統領の頑迷で間違ったイラク政策を厳しく批判した。私は、彼が兄ケネディ大統領やロバート司法長官の遺志を、十二分に受け継いでいると思う。同議員の健康と今後のますますの活躍を期待したい。 
 人生には、さまざまな人びととの出会いと別れがある。たしかに、「別れ」ありてこその人生なのかもしれない。私の生涯で、J・F・ケネディこそは、最も魅力的な存在だった。少年の頃、彼の突然の死で、生木を裂かれるような苦痛を味わったけれども、私は13年前、エドワード議員からいただいた手紙を読んで、まるでケネディ大統領に“会った”ような喜びを感じた。それは、まさに至福の瞬間だった。
 ケネディ大統領について語るとき、私は、「希望」、「信頼」、「勇気」の大切さを感じ る。彼が、どれほどアメリカ国民から信頼され愛された、勇気ある政治指導者だったかということは、論をまたない。彼の不屈の勇気と「理性」は、古今東西の政治指導者のなかで群を抜いている。彼と時代をともにできたことを、私は心底幸せに思う。 

 それと同様、私は今日、小沢一郎氏と時代を共有できることを、たいへん幸せに感じる。先述したごとく、彼は、一人の人間というよりも一個の“精神”として、わが国の政治に関わっている人だと思うのだ。
 近年、自民党が達成したとされる政治改革の多くは、だいぶ以前から小沢氏が提示し、その実現に向けて尽力していたものである。小泉氏を初めとする自民党の要人たちは、それをまるで自らの手柄のごとく振舞ったのである。
 たしかに、小沢氏のような先見性のある傑出した政治家は、決してそう多くはいない。
 たとえば、前述したケネディ大統領の理性と決断が、核戦争寸前だった「キューバ危機」からアメリカ国民と世界を救った。また、ゴルバチョフの時代、ソ連邦は崩壊したが、彼なくしては、あれほど平和的な権力移譲や東西冷戦の終結はあり得なかったのではあるまいか。旧ソ連邦の人びとは、決してゴルバチョフを高く評価してはいない。だが、もし彼の立場に、スターリンやブレジネフ、あるいは今日のプーチンのような指導者が立っていたら、単なる内戦では済まず、米ソ間の核戦争さえ起こり得たかもしれない。
 さらには、マハートマー・ガンディーの「無心・無欲・無私」の非暴力主義の精神なしには、インドの独立はありえなかったであろう。少なくとも、かなり遅れたはずだ。それゆえ、こんななかに、「真の政治指導者」の価値が存在すると思うのだ。
 このような“存在”を、私は、あえて“精神”と呼びたい。つまりそれは、真の平和の継続のためになくてはならぬ、“絶対理性”のような人間のことなのである。
 しかし、現在の日本の政治家のなかに、このような世界に通用する“存在”は、果たしているだろうか? 私は、小沢氏以外いないのではないかと思う。事実、今日の日本では、実際に政治を動かしているのは「官僚」であって、決して政治家ではない。自民党も結局は、「日本官僚党」とでも言うべき政党なのだ。
 日本の官僚はきわめて優秀だと言われる。なかでも、財務官僚はピカイチだと評されている。だが、果たしてそうだろうか? もしそのとおりなら、日本は、今日の国家破産に近いような財政状態にはなっていないはずである。つまり、もし彼らが真に有能ならば、わが国の国家財政はもっと健全なはずだ。 
 民間では、自社を倒産に導くような管理職を決して有能だなどとは言わない。むしろ、無知・無能だったがゆえに、会社を倒産に追い込んだと考える。
 国家もこれと同様で、日本の各省の官僚も結局は、思想的、かつ人間的に“視野狭窄”で、実質的に無能なのである。なぜなら、彼らには、先見性やビジョン、それに確たる「政治・経済」哲学がないからである。彼らはまた、本質的に“無責任”でもある。なぜなら、国民から預かった多額の血税をまるで自己の私有物であるかのように錯覚し、現役時代にはそれを湯水のように浪費し、退職後は自らの天下り先の「果実」として費消してしまうからだ。
 無論、すべての官僚がこうだというわけではない。だが、前述したような人びとが「霞が関」で右往左往したところで、日本の政治や経済が良くなることはない。むしろ、彼らを指導できるほどの政治家が必要なのである。かつてのケネディやゴルバチョフ、それに今日の小沢氏には、そのような「指導力」や「政治力」があると思うのだ。

 戦後の日本政治史を概観するとき、私は、吉田茂より三木武吉が、また岸信介より石橋湛山のほうが、優れて理想的な政治家だったと思う。簡単に言えば、吉田も岸も結局、「官僚」だったと思うのだ。正直、私には、彼らは「真の政治家」だったとは思えない。
 真の政治家、とりわけ「真の政治指導者」とは、石橋湛山や小沢氏のような、確たる政治・経済哲学を持った人のことを言うのだ。何より吉田や岸のように、国民の感知しないところでアメリカと「裏取引」をするような政治家ではなく、むしろ日本とアメリカを平等かつ対等に見れるほどの国家観や世界観を持った政治家こそ、「真の政治指導者」と呼ぶに値しよう。石橋湛山や小沢一郎氏こそ、まさにそのような政治指導者である。 
 かつて、アメリカのシオドア・ホワイトは、ニクソンとケネディの違いを評して、単なる「船乗り」(=風見鶏)と「航海士」の違いだと看破した。このような差異は、吉田や岸両氏に対する石橋・小沢両氏の差異にも通じるのではあるまいか。
  過日も述べたごとく、かつて石橋湛山が果たし得なかった「政治」とその“精神”を、私は、今日の小沢・民主党が継承しているように思うのだ。あのときの石橋湛山の精神は、“未完の政策”として、彼の退陣とともに国民の前から悠然と姿を消した。だが、いまや再び“巨大な政治の波”となって、新しく民主党内に復活したと思う。
 つまり、小沢一郎氏こそは、まさに日本に「真の民主主義」と「真の政治」を根づかせるべく精励する、わが国にとってかけがえのない一つの理想的な“精神”だと思うのだ。われわれは、この“精神”になお一層注目すべきである。【つづく/次回は2月9日に掲載】
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